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長崎地方裁判所 昭和39年(ワ)242号 判決 1965年6月25日

原告 福田浩志 外二一〇名

被告 株式会社長崎新聞社

主文

被告は森口ミチエ、坪井敦子、山本喜代を除くその余の原告に対し、それぞれ別紙第三表合計額欄記載の金員並びに各割増賃金欄記載の金員に対しては昭和三九年七月一一日から、附加金欄記載の金員に対しては本判決確定の日の翌日から、いずれも完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

右原告等のその余の請求及び原告森口ミチエ、同坪井敦子、同山本喜代の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中原告森口ミチエ、同坪井敦子、同山本喜代と被告間に生じた部分は右原告三名の負担とし、その余の原告等と被告間に生じた部分は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告等に対し別紙第一表の未払割増賃金と附加金の合計金額欄記載の金員とこれに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、

「原告等はいずれも昭和三七年七月一日以前から被告会社に勤務し、長崎新聞労働組合員であるが、同日から翌三八年七月末日までの間被告会社から賃金として別紙第一表記載のような本俸額(旧本給欄記載の金額をいう。)の他に、同表記載の生活補給金(その金額は後述のように昭和三五年二月当時の本俸の二割に相当する。)と称する金員の支払いを受けていた。この生活補給金が支給されるに至つた経緯は次のとおりである。

被告会社は株式会社長崎日日新聞社(以上長日という。)と同長崎民友新聞社(以下長崎民友という。)が昭和三四年一月一四日合併して設立したものであるが、両社の賃金は一般の賃金水準より遙かに低かつた上に相互に不均衡が甚だしかつたので原告等の所属する長崎新聞労働組合は被告会社と協議の上これらの点を是正し賃金の調整と給与体系の明確化を計つた。長日には従前から打切過勤料の制度があり、これは昭和二六年頃従業員の能力、経験、職種をもとにしてきめられたがその後本俸の増額、職種の変更等に応じて是正されることなく超過勤務の実情や本俸の割合とは無関係に支給されてきたものであるところ、賃金の調整に際しこれを本俸と同性格のものとして取り扱うことになり、長日系従業員に対しては打切過勤料の六割を存置し、それが丁度本俸の二割に当るところから、この制度がなかつた民友系従業員に対しても新たに本俸の二割の手当を支給することにきまり、その結果昭和三五年二月から全従業員に対し本俸の他にその二割に当る金額が生活補給金の名称のもとに支払われるに至つたのである。その後昭和三八年八月の賃金増額に際し生活補給金は本俸に繰り入れられて消滅したが、その間被告会社は原告等の超過勤務に対しては生活補給金を除外した本俸のみを基礎として割増賃金を支払つてきた。

このような実情からみると生活補給金は本俸と同一性格を有する賃金と認むべきであるから時間外並びに深夜勤務に対する割増賃金は労働基準法第三七条第一項の定めるところに従い本俸に生活補給金を加えた金額を基礎として算定すべきである。

原告等は昭和三七年七月一日から翌三八年七月末日まで別紙第一表記載の時間外並びに深夜勤務を行なつてきた。この時間数はいずれも実働七時間を超えた勤務を時間外勤務として計算したものであるが原被告間においては労働協約により一日実働七時間と定められた結果、これを超えた分は時間外勤務となる旨の合意が存したものであり、この合意が存しないとしても被告会社は従前から実働七時間を超えた分に対し割増賃金を支払つており、この扱いは昭和三五年二月から五年の長きに亘り行なわれてきた以上、労使間に確立された慣行として労働契約の内容にとり入れられたものというべきである。

ところが被告会社は原告等の右時間外並びに深夜勤務に対し本俸を基礎に算定した法定の割合による割増賃金を支払つたにすぎないので、原告等は被告会社に対し、本俸に生活補給金を加えた金額を基礎にして算定した法定の割合による割増賃金額と既に右の様に支払いを受けた金額との差額、即ち別紙第一表未払割増賃金合計欄記載の金額並びに労働基準法第一一四条に定める右と同額の附加金及びこれらに対する訴状送達の翌日である昭和三九年七月一一日以降完済に至るまで民法所定年五分の損害金の支払いを求める。」とのべ被告の主張に対し、

「実働八時間を超えた場合の時間外並びに深夜勤務に対し、本俸に生活補給金を加えて法定の割合により計算した割増賃金額が別紙第二表A欄記載のとおりであることは認めるが、生活補給金を割増賃金算定の基礎に入れなかつたことに関し当事者間に何等紛議をみなかつたとの事実は否認する。しかも割増賃金支払いに関する労働基準法第三七条第一項は、労働者の過重労働に対する補償を行なう趣旨で設けられた強行規定であるから、当事者の合意により左右さるべきものでもない。また附加金は刑事罰的制裁の意味をもつものであるから裁判所は違法性乃至責任阻却事由がない限り必ずその支払いを命ずべきである。」とのべ被告の抗弁に対し、

「原告等が被告会社からその主張の期間、実働七時間を超えた勤務に対し割増賃金の支払いを受けたことは認める。然し実働八時間を超えない勤務に対する割増賃金の支払いも基準法第一条第二項の法意に照らし明らかに有効であり何等不当利得視さるべきいわれはない。」とのべた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「原告等がいずれも昭和三七年七月一日以前から被告会社に勤務し長崎新聞労働組合員であり、被告会社が原告等に対しその主張の期間その主張のような金額の本俸並びに生活補給金を支払つてきたこと、原被告間においては一日実働七時間の労働協約が存し、被告会社が昭和三四年一月一五日長日と民友の合併により成立したものであり、長日には打切過勤料と称する制度が存したこと、生活補給金を割増賃金算定の基礎とし実働七時間を超えた分を時間外勤務として計算した場合における割増賃金の額が原告主張のとおりであることはいずれも認めるが、原被告間に実働七時間を超える勤務に対し割増賃金を支払うべき旨の合意乃至慣行の存した事実、生活補給金が基準法第三七条第一項に規定する、割増賃金算定の基礎たる賃金に当るとの点はいずれも否認する。

長日と民友の合併当時両社従業員の賃金の不均衡甚だしく、これが調整に腐心した被告会社は原告等所属の長崎新聞労働組合と協議の上、新たな給与体系を制定して昭和三五年二月から実施することになつたが、その際、本俸の他にその二割に当る金額を生活補給金として支給することを決定した。長日系従業員には従前時間外勤務の割合に応じた所謂実質過勤料支払いの制度がなかつた代りに打切過勤料と称する一定額の手当が支給されていたので、このうち本俸の二割相当額を生活補給金にあて、打切過勤料の制度がなかつた民友系従業員には民友時代の精勤手当を生活補給金にあて、なおかつ足りない者に対しては二割に充つるまで差額を支給することにして両者従業員の賃金の均衡を保つたのである。

従つて生活補給金の実体は過勤料、精勤手当の変形であり、単にその名称が変つたにすぎないから、基準法第三七条第一項にいう割増賃金の基礎たる賃金に加えらるべきものではなく、原告等もこの点充分納得していたればこそ昭和三八年八月一日現行給与体系制定に至るまでこの点に関し当事者間に何等の紛議をみることもなかつたのである。仮に生活補給金を割増賃金の基礎となる賃金に加えるべきであるとしても使用者に割増賃金支払義務が発生する時間外勤務とは実働八時間を超えるものをさすのであるから、右算定方法により、被告会社の支払うべき時間外並びに深夜勤務の割増賃金は別紙第二表A欄記載の金額にすぎない。

そして叙上の事情からみて、被告会社において法違反の行為に対する民事的制裁である附加金の支払いを命ぜらるべき理由もない。」とのべ

抗弁として「生活補給金が割増賃金の基礎となる賃金に当るとしても被告会社が割増賃金を支払うべき時間外勤務は右にのべたように実働八時間を超えるものをさすのであるから、被告会社は本来実働八時間を超えた勤務に対してのみ割増賃金を支払えば足りたのであり、この金額は前述A欄記載のとおりである。然るに被告会社は組合との労働協約で実働七時間制がとられていたため、これを超えれば時間外勤務として割増賃金支払いの義務あるものと誤信し、昭和三七年七月一日から翌三八年七月末日までの間、原告等の実働七時間を超えた勤務に対し本俸を基礎とした法定の割合による割増賃金を支払つてきた。従つて原告等が支払いを受けた右割増賃金のうち実働七時間を超えた実働八時間に至る一時間分に相当する金額は原告等が法律上の原因なく被告会社の損失において利得したものにほかならない。この金額は別紙第二表C欄記載の金額の不当利得返還請求権を以てA欄記載の金額の支払義務と本訴において対当額で相殺する。その結果被告が割増賃金を支払うべき原告は別紙第三表記載の者は止まる。」とのべた。(証拠省略)

理由

原告等がいずれも昭和三七年七月一日以前から被告会社の従業員であり長崎新聞労働組合(以下組合という。)に所属すること、原告等が昭和三七年七月一日から翌三八年七月末日までの間被告会社から本俸として別紙第一表旧本俸欄記載の金額の他に毎月同表記載の生活補給金の支払いを受けてきたこと、その間原告等のした時間外並びに深夜勤務に対し被告会社が本俸を基礎として算定した法定の割合による割増賃金のみを支払つたことは当事者間に争いがない。

そこでまず原告等主張の生活補給金が基準法第三七条による割増賃金算定の基礎となる賃金かどうかにつき考察を加える。

証人城島章、前田喜佐夫(後出の措信しない部分を除く。)の各証言と原告淵上慎太郎、福田浩志各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると次の事実が認められる。

被告会社は昭和三四年一月一四日長日と民友が合併して成立したものであるが両者の賃金は不均衡が甚だしく、ために組合と被告会社は協議の上早急にこの不均衡を是正することになつたが(以上の点は当事者間に争いがない。)、当時被告会社は財政的に苦しかつたため一時に是正を実施できず同年八月と翌三五年二月の二回に亘り漸く賃金調整を完成するに至つた。長日には従前から打切過勤料と称する制度があり(この点も当事者間に争いがない。)、これは新聞社の時間外勤務が的確に把握し難い所から、時間外勤務に対しそれに見合う割増賃金を支払う煩を避け、毎月本俸の一定割合に当る金額を職種の如何、時間外勤務の有無を問わず一率に支給する制度であつたが、右賃金の調整に当り、長日系従業員の受けていたこの打切過勤料を四割丈減じて(つまり六割存置されたことになる。)これを被告会社の財源にあてることにし、その結果打切過勤料の金額は本俸の二割に相当するようになつたところから、かような制度のなかつた民友系従業員に対しても本俸の二割に当る金額を毎月支給することになり、この二割の手当を従来の儘打切過勤料と呼ぶことは超過勤務手当と紛らわしいので、その名称も生活補給金と改めた上、以後時間外勤務に対してもそれに見合う割増賃金を支払うよう定められた(これを実質過勤制という。)その後昭和三八年八月一日、本俸が増額された機会に生活補給金は本俸に繰り入れられて消滅するに至つたものである。

証人前田喜佐夫の証言のうち右認定に牴触する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

右認定したところによると合併前の長日における打切過勤料は時間外勤務に対し時間数に応じた割増賃金を支払う代りに文字通り打切額の割増金額を支給する制度であつたから、これが時間外勤務に対する割増賃金の性格をそなえていたことは明らかであるが、長日の民友の合併後新たに定められた生活補給金は、前認定のようにそれが実質過勤制と併せて採用されたものであり、その後本俸に繰り入れられて消滅したこと等に鑑みるとき従来の打切過勤料とはその性格を異にし、むしろ時間内の通常労働に対する給付としての色彩を帯びるに至つたものと認められる。

一方労働基準法の規定をみるに、同法第三七条第二項同法施行規則第二一条は、家族手当、別居手当、子女教育手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超えるごとに支払われる賃金を割増賃金算定の基礎となるべき賃金から除外しており、後の二つは別として前の三つがかように除外されているのは、それが純粋に労働の対償ではなく、従業員たる地位に附随するものに過ぎないので、時間外勤務をしたからといつて増額さるべき性質のものではないとの理由に基づくものと考えられる。

この見地から本件生活補給金をみると、それが形式的に右の除外例のいずれにも該当しないことは明らかであるし、前認定したところによると正に労働の対償として除外例の適用を受けない実質的理由をも具備しているということができる。しかも本件のような形態の給付につき安易に除外例の適用を認めると、基礎となる賃金の範囲が縮少して正当な割増賃金がそれ丈発生を阻まれ、超過労働をした労働者に、それに見合う補償を与えんとする法の趣旨が容易に潜脱される恐れなしとしない。以上の諸点から判断するとき、本件生活補給金は基準法第三七条にいう時間外並びに深夜勤務の割増賃金の基礎となる賃金に該当すると認むべきである、従つて当然これを本俸に加えた上で割増賃金を算定しなければならない。

次に組合と被告会社間において一日実働七時間制の協約が結ばれていた場合、果して原告等主張のように実働七時間を超えれば被告会社に割増賃金の支払義務が発生するか否かにつき考えるに、右のような協約の存したことは被告の認めるところであるが基準法第三二条、第三六条、第三七条の各規定を通覧すれば、たとい労働協約で一日実働七時間制と定められている場合でも労使間にこれを超えれば割増賃金を支払う旨の合意がない限り実働八時間を超えない勤務に対しては使用者に基準法第三七条第一項に規定する割増賃金の支払義務は発生しないと解するのを相当とし、証人城島章の証言に徴するも右のような合意の存在は到底認められない。

また被告会社が過去において実働七時間を超える勤務に対し割増賃金を支払つたことのある事実はその主張自体からも明白であるが、それ丈では原告主張の慣行の存在を肯認するに足りない。

進んで相殺の抗弁につき判断するに、使用者が労働者に対する債権を以て労働者の賃金債権と相殺することは基準法第二四条第一項の法意に鑑み許されないと解すべく、この理は使用者の有する債権が本件のように過払賃金返還請求権である場合でもかわりはない。唯過払いのあつた時に近接する賃金支払期日において過払分を当期の賃金から差し引いて支給する場合などのような調整的相殺は許容すべきであるが、本件のように過払いのあつた時から二年以上も経た後においては最早相殺を認める余地は存しないと解すべきである。よつて自働債権の成否を判断するまでもなく相殺の抗弁は採用できない。

以上認定したところによると被告会社は原告等が昭和三七年七月一日から翌三八年七月末日までの間に行なつた実働八時間を超える時間外勤務並びに深夜勤務に対し本俸に生活補給金を加えた金額を基礎として法定の割合により算定した割増賃金を支払うべき義務があるところ、この金額が別紙第二表A欄記載のとおりであることは当事者間に争いがないから、右A欄記載の金額が零である森口ミチエ、坪井敦子、山本喜代を除くその余の原告に対し被告会社の支払うべき割増賃金の額は結局別紙第三表記載のとおりであり、(右A欄記載の金額によると原告中村孝、鶴田稔、東諒、小島義行、江頭彦照、徳川政俊、浜口忠、執行優、氏橋末信、木村義孝、竹本弘人、今井保、川村欣宏、辻村小四郎、岩永誠次、山内輝之、松尾正稔、中島正二、山本稔、河原健治、恩穂井栄一、近藤秀雄、杉山猛、前田嗣義、吉岡国義、金子鎮雄、石川勇三、山下武彦、宮下増雄、野口武夫、城谷猛、下釜正吉、末次初己、山本雪子、堀川喜久、中山保一、伊東稔、峰松信博、松竹伸剛、入江トシ子、中村菊義、北川正、中森健樹、松添鶴次、吉川章、松田康治、中村文夫、浜野熊雄、鳥巣松次、中村斉、小川千代松、中山みどり、酒村朝男、森永育男、平山清、柳井啓介、森正光、木下大六男については普通時間外勤務若しくは深夜勤務の割増賃金額が原告の請求額を超えるので、これらの者については請求金額の範囲内に止める。)

被告会社に右のような未払賃金支払義務がある以上、この未払いにつき被告会社の責に帰することを不相当とするような事情の認められない本件に於ては、被告会社は未払賃金のほかにこれと同額の附加金を支払う義務がある。

よつて原告等の請求は、被告に対し別紙第三表記載の割増賃金額と附加金、及び割増賃金に対する昭和三九年七月一一日(記録によつて明らかな訴状送達の翌日)以降、附加金に対する本判決確定の日の翌日以降、いずれも完済に至るまで民法所定年五分の損害金の支払いを求める限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却し、仮執行の宣言は不相当と認めてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条第一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清 福間佐昭 萩尾孝至)

(別表省略)

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